水中メガネ

東京から北海道に帰省する、大洗から苫小牧行きのフェリーでのこと。
夕方に甲板を散歩しながら、ふと海面に視線を落としたところで波間に何か白くて丸いものが見えた。
顔だ。水中メガネを着けた人の顔が船を見上げている。
頭には白い水泳帽を被っていて、顔だけで性別はわからなかったが、水面下の肩に水着の肩紐らしきものが見えたのでおそらく女性だと思った。
水中メガネのせいで目が合ったかどうかはわからない。
溺れているのか、助けが必要か、と考えたところでその人は身を翻してフェリーから離れてゆき、すぐに波にまぎれて見えなくなった。
一応すぐに船員に報告したのだが、その人は水中メガネを着けていたと話すと、こんな陸地から離れたところに泳いでいる人はいないと思いますよ、と怪訝な顔をされた。
スマホで現在位置を確認すると陸地から二〇km以上は離れた太平洋上だった。水着で泳いでいる人がいるのは確かに考えにくい。見える範囲で他の船もなかった。フェリーから落ちた人もいないようだ。
後で友人にその話をすると、見えないところに潜水艦がいたか、あるいは人魚だったんだろうという。
まあ人魚が水中メガネを着けてるのもおかしいか、と友人は笑った。