後煙

工場で働くMさんが休憩時間に外で煙草を吸っていると、後から年配の同僚であるKさんがやってきた。
お互い口数が多いほうではないし、それほど親しくしているわけでもない。
軽く会釈したきり無言で煙を吹かしていた。
すると突然、Mさんの背後から肩越しにふぅーっ! と煙が吹き付けられた。
えっ、何だ、と振り返ったが壁しかない。壁に背を向けて立っていたのだから当たり前だ。しかし壁から煙が吹き出すはずがない。
離れて立っていたKさんが小さい目を丸くして、呆然とこちらを見ている。何を見たのか。
今、見ましたよね、後ろから煙。そう尋ねたがKさんは曖昧に返事しながら目を逸らした。
その夜、Mさんは酷い腹痛と吐き気、高熱に襲われ、七転八倒した挙句に病院に担ぎ込まれた。
ウイルス性胃腸炎との診断で、二日間寝込んだ上にもう一日仕事を休んだ。
ようやく出勤できた日、MさんはKさんにもう一度尋ねた。あの日、何を見たんですか。
回復するまでの間、Mさんはずっとあの時何があったのか気になって仕方がなかったのだ。
Kさんは初めは誤魔化そうとしていたが、しつこく食い下がると折れてくれた。
――女だ。あの時な、壁から女がふっと浮き上がってきたんだ。
壁と同じ色をした女で、目の下から腰のあたりまでしかなかった。その女が口からふーっと煙を吐いたまま消えたんだよ。煙みたいに消えた。あれから俺もあそこで休憩するのはやめた。

それ以来Mさんは煙がどうにも嫌になって、ずっと禁煙しているという。