水色の背中

Uさんの住む町内にひとつ、荒れた二階建ての民家があった。民家といっても人が住まなくなってもう十年以上経った廃屋だ。
人が住んでいた頃から既に古い建物だったらしいが、何かの事情で住人が出ていってからは老朽化が加速した。昨春の時点で屋根瓦は幾つも剥がれ、二階の壁板は派手に破れ、すっかり荒れてしまっていた。
悪いことにこの廃屋は住宅地の中で他の家屋に隣接していた。地震や大風でもあれば今に倒壊するのではないかと、周りの住民でも危険視する声も少なくなかったが、撤去や改築は簡単な話ではないようだった。家の持ち主は元々の住人のままらしいが、その人に連絡がつかない。市内にその人の親戚はいるものの、そちらからも捕まらないという。
そうしたわけで去年まで何年もの間、その廃屋は荒れ放題のまま誰も手を出さずにいた。


去年の七月、Uさんが偶然この廃屋の前を通りかかった。午後二時頃だったという。
何の気なしに廃屋の一階に目をやると、すっかりガラスの抜けた窓越しに人の背中が見えた。
一度視線を外してから見間違えかと思い、もう一度窓を見ると確かに男が背中を向けて立っている。
家の持ち主だろうか、それとも勝手に入り込んでいるだけだろうか。あるいは役所から様子を見に来たのかも知れない。
そのまま通り過ぎようとして、また何気なく視線を上げたUさんは思わず脚を止めた。二階の破れた壁の向こうにも、一階と全く同じ後ろ姿が見えるのだ。
再び一階に目をやっても、やはり同じ場所に背中と後頭部がある。どちらも同じような体格と刈り上げた頭で、水色のシャツを着ている。
何度視線を行き来させても、同じ後ろ姿にしか見えない。まるで間違い探しだ。
蝉の声が響く中、二つの後ろ姿は微動だにしない。かといって人形にも見えない。人間だ。
Uさんは彼らに声を掛けようかと一瞬考えたが、思い留まった。
全く同じ顔が全く同時に振り返るところを想像してしまい、無性に気味が悪い。無言でそこを立ち去った。


その二ヶ月後、台風のせいでいよいよ斜めに傾いだ廃屋は、今まで長らく放置されたのが嘘のように速やかに解体されてしまった。
今では空き地になっているその前を通るとき、Uさんはどこかにあの水色のシャツを着た後ろ姿があるような気がして、つい見回してしまうという。