懐中電灯

Yさんは高校のバレー部で練習中に脚を挫いた。
保健室で手当をしてもらったが、痛くてひとりで帰れそうもない。
家から車で迎えに来てもらうまで、保健室で休んでいることになった。
ベッドに横になっていると、校舎内が随分静かに感じられた
保健室は運動部が活動している体育館やグラウンドからは離れているし、放課後で校舎内にも生徒は少ない。
昼間の賑やかさが嘘のようだった。
眠いわけではなかったが、怪我で気が立っているのを鎮めるために瞼を閉じてじっとしていると、突然廊下から女子の騒々しい声が響いてきた。
すぐに女子生徒が二人ほど保健室に入ってきたが、Yさんは相手をしたくないのでそのまま眠っているふりをしていた。声からすると知らない女子生徒のようだった。
あいにく保健の先生も先程から席を外している。
女子生徒たちはYさんが寝ていることに気づいているのかいないのか、遠慮のない大声でとりとめのないことを話しながら室内を物色している。
何をしに来たんだ、人が寝ているんだから気を使って声を小さくしろ、とYさんが内心イライラしていると、女子生徒がベッドの近くに寄ってくる。
カチッと音がして瞼越しに眩しさを感じた。顔を何かの光で照らされている?
急に女子生徒たちが黙り込んだ。一体何をしているのか。
数秒なのか、数十秒なのか、そのままじっとしていても誰も何も言わず、身動きもする様子がない。
Yさんが恐る恐る瞼を開けてみると、確かに顔に光が当たっている。懐中電灯の光だった。
しかしなぜかその懐中電灯はYさんの右手に握られていた。自分の顔に光がまっすぐ当たるように肘から先を挙げて保持している。Yさんの意思とは無関係に。
なぜか慌ててそのスイッチを切った。
室内を見回してみても、誰の姿もない。あの女子生徒たちが出ていくような気配はなかった。足音を潜めたとしても、ベッドの傍まで来ていた人間が立ち去るのをわからないはずがない。
そもそも、Yさんは女子生徒の姿を目で見たわけではなかった。声や足音、衣擦れを耳で聞いていただけだ。
本当にあれは女子生徒だったのだろうか。彼女たちが賑やかに話していたのは確かに聞こえていたが、思い返してみるとどうにもおかしい。
彼女たちの話の内容を全く思い出せないのだ。


数分して戻ってきた保健の先生によると、その懐中電灯は非常時のために机の抽斗に仕舞ってあったものだという。
そんなところにあった物とはYさんも知らなかったし、脚を挫いているから机まで自分で取りに行けたはずもない。
いつから手に握っていたのかもわからなかった。
あるいは瞼を閉じて横になっているうちに眠り込んでしまって、女子生徒が入ってきたのは夢だったのかもしれない。
しかしそう考えても、懐中電灯を握っていたことに説明がつかなかった。