もやもや

大学生のEさんが散歩がてら近所のコンビニに行った帰りのこと。
雲ひとつなくすっきり晴れた気持ちのいい日曜日で、風もなく穏やかな中をのんびり歩いた。
いい陽気のせいか、歩いていても周囲の何もかもが鮮やかにくっきりと見えるような感覚があり、こんなに気持ちよく歩けるのは久しぶりだと感じながら家までの道を辿った。
すると途中でおやっ、と思うことがあった。
コンビニと家との間に閉店したペットショップの建物がある。もう何年も空き物件のままだが、ガラス戸越しにはまだ大きなケージが積まれているのが見える。
そこを通りかかった時、視界の前方がぼやけた。
目が急にかすんだのかと思って目をこすったが、どうやらおかしいのは目ではなく前方の光景の方らしかった。
Eさんの進行方向に畳一枚分くらいの大きさのもやもやした空間があるのだ。
それ以外の場所はどこもくっきりはっきり見えているのに、その一箇所だけがすりガラスを通したような、あるいは湯気が立っているような、なんとも曖昧な輪郭にしか見えない。
変なものに出くわしたなあ、と先程までのいい気持ちが台無しになった気分で立ち止まったが、数秒間様子を伺っているうちにやがてもやもやが晴れていくのがわかった。
それにつれて気分もどんどん浮かれていく。もやもやがほとんど見えなくなった頃にはすっかり高揚した心持ちになり、ニコニコ笑いながら小走りで家まで向かった。
ただいまー!
幼い子供のような大声で呼びかけながら家に入ると、リビングから妹が顔を覗かせた。
妹はEさんの顔を見ると目を細めて訝しげな様子だったが、すぐにキッチンに駆け込むと塩の瓶を持ってEさんのところにやってきた。
そして出し抜けにEさんの頭上から塩をバサバサふりかけた。Eさんが怯んで上半身をのけぞらせると、今度は妹は手に塩をつけてEさんの頬をパチパチ叩く。
痛くはなかったが塩が目に入りそうになる。
ちょっとやめてってば!
目をつぶりながら叫んで妹の腕を掴むと、妹の腕から力が抜けた。
よかった……と妹は安心したように溜息をついたが、Eさんとしてはわけがわからない。


妹の説明はこうだった。
Eさんが妙に機嫌良さそうに帰ってきたので様子を窺うと、なぜか顔のあたりがもやもやと霞んで見える。
一体どういうことかと驚いたが、何かよくないものがついているのかもしれないと考え、塩で清めようと咄嗟に思いついた。
それで頭から塩をふりかけ、顔に直接塩をはたいているうちにもやもやが消えていったので安心したのだという。


もやもやしてたのは私じゃなくてさっき外で見たあれ、と言いかけたところでふと思い出した。
先程外でもやもやが消えた時から、妙に心が弾んでたった今まで興奮していたことを。
なぜ突然あんなに気分が盛り上がったのだろうか。その理由がわからない。
何もわからないまま浮かれて帰ってきたことが今になって不気味に感じられてきた。
あのもやもやは消えたと思っていたが、そうではなかったのか?
たった今まで自分に付いていたのだろうか?
そのせいであんなに浮かれていたのか?