濡れ手

Nさんはある夜に夢を見た。
近所の道を歩いていると、すぐ近くを小学生くらいの女の子がもっと幼い男の子と一緒に歩いている。
すると後ろから軽自動車が走ってきた。
女の子はさっと道の向こう側へと渡り、男の子が数秒遅れてその後を追った。
男の子は軽自動車の前へ飛び出す形となる。
それを避けようとした車は道を逸れて女の子の方へ突っ込んだ。
あっと息を呑んだNさんは女の子のところへ駆け寄ったが、目鼻から血を流したまま意識がない。
救急車を呼ばなければ、と携帯電話を取り出したが、その場所の地名番地がわからない。
住所を尋ねるために近くの民家へ駆け込んで叫んだ。
誰かいませんか! すみません! すぐそこで事故が!
すると家の奥から人が出てきた。着物姿のおばあさんだ。
足音を立てずにするする近寄ってくる。その顔が白粉を塗りたくったように真っ白。
白い顔面に小さな目鼻口がぽつぽつと並んでいる。
おばあさんはそのままの勢いで目の前にやってくると、手を伸ばしてNさんの右頬に無造作に触れた。
べちゃり。
その手が濡れている。
うわっ、とのけぞったところでベッドのフレームに頭をぶつけて目が覚めた。もう朝だった。


夢か――と溜息をついたが、右頬がぬらりと濡れていたという。