洞窟

Yさんが彼氏と二人で旅行したときのこと。
ホテルに泊まったその夜、Yさんはふと目を覚ました。時計を見るとまだ深夜だ。
なぜこんな時間に目が覚めたのだろう、疲れていたから眠りが浅かったのだろうか。
そんなことを考えながらまた眠ろうと思ったが、ふと違和感を覚えた。ダブルベッドで隣に寝ていた彼氏の姿がない。
トイレにでも行ったのだろうか、その気配で自分も目が覚めたのかな、と思ったが数分しても彼が戻ってこない。
どこに行ったのだろう、まさか外出したのだろうか、でもどこに?
暗い部屋の中でひとりそんなことを考えていたところ、ベッドが突然振動した。
下から誰かが叩いている。何か声も聞こえる。
驚いて固まったYさんだったが、よく聞いてみると彼の声のようだ。
誰かいませんか! 出してくれえ!
慌ててベッドを降りて声をかけると、ベッドの下から間違いなく彼の声で返事があった。
ベッドの脇には隙間がないので出られない。ベッドを持ち上げなければならないが、Yさんの力ではとても無理だった。
とりあえずフロントに電話をして従業員にベッドを持ち上げてもらい、ようやく彼は脱出することができた。


彼の話では、いやな夢を見たのだという。
山の中で何か大きい動物に追われて必死で逃げていると、目の前に小さな洞窟が見えた。
あれに逃げ込めば動物は追ってこれない、と思って頭から滑り込むように飛び込んだ。
確かに動物はそれ以上追ってこなくなったが、ふと気がつくと真っ暗で狭いところに身体がはまり込んでしまっていた。
追われないのはいいが、これでは自力で抜け出すこともできない。
誰か近くにいないかと呼びかけながら周りを叩いたところでYさんの返事があった。
いつベッドの下に入り込んだのかはさっぱりわからないという。


夢の内容はともかくとして、どうやってベッドの下に入り込んだのかがわからない。
ベッドの脇に人が通れるほどの隙間がないので、下に潜り込むにはベッドを持ち上げなければならない。
しかしYさんが寝ていたのだから、持ち上げれば気づかないはずがない。
一体どういうことなのかそれから何年も経った今でも見当がつかないという。