水鬼

高校生の夏、Fさんは友人たちと三人で海釣りに行った。
バスで三十分ほどのところにある海岸の堤防に陣取って朝から釣っていたのだが、この日は妙に波も風も穏やかな日で、そのせいなのか何なのか、全く釣果が上がらなかった。
以前に同じ場所で釣った時にはそれなりに釣れたからまた来たのに、これではバス代を払って来た甲斐がない。
ちょっと場所を変えようと、そこから道沿いに十分ほど歩いたところで突堤が見えた。
その両側に消波ブロックも積まれている。こういうブロックの隙間に大物が潜んでいることがある。
Fさんたちは突堤の上で釣ってみようと決めたが、友人たちは途中にあったコンビニで飲み物を買いたいというので、Fさんだけ先に行くことにした。
突堤の上には他に人の姿はなく、Fさんは一番先のところまで歩いていって釣り糸を垂らした。
少しして友人たちがやってくるのが視界の端に見えたので、片手を上げたFさんだったが、どうも友人たちの様子がおかしい。
Fさんのいる場所の十メートルほど手前で二人とも立ち止まり、じっとこちらを見つめたまま近寄ってこない。
その顔が明らかに強張っている。
なんだ、何を見てるんだ、と目を動かしたFさんは、そこで初めて自分のすぐ傍に誰かが立っていることに気がついた。
いつの間に?
強烈な磯の臭いが鼻を突いた。
友人たちはその誰かを見ている。Fさんはゆっくりと視線を向けた。
若い女の人だ。というのは着ている服でわかったが、真夏だというのに長いコートを着ている。
そのコートがずぶ濡れで、表面を次々に流れ落ちる水が裾や袖口から雫となって落ちているのが見えた。
顔は逆光で見えないのかと一瞬思ったが、そうではないことがすぐにわかった。
顔のあたりが真っ黒なのは、原型を留めないほど崩れているのだ。
それに気がついた瞬間、Fさんは釣り竿を放り出して全速力で友人の方へと走り出していた。
友人たちも同時に走り出す。
後ろを振り返らずに走り、先程のコンビニに駆け込んだ。
血相を変えて入ってきたFさんたちを見て、レジのおばさんは目を丸くしたが、話を聞いてうなずいた。
あの突堤ね、このへんの人は誰もあんなところで釣りなんかしないよ。あんたら早く帰った方がいいよ。
おばさんはそれ以上何も教えてくれなかった。