落語

友人と行った旅行の帰り道、Wさんが運転する車で常磐道を走っていた。
いくつかのトンネルを抜けたところで、ふと視線を上げると白いものが見える。
木の幹から真っ白い女の上半身が生えていた。
だめだ。見てはいけないものだ。

反射的に視線を前方に戻し、見たものについて考えないようにしながら家路を急いだ。

 


その夜、Wさんは旅の疲れもあって早めに布団に入った。
旅館の布団も悪くなかったけど、やっぱり使い慣れた枕が一番寝心地いいよね、などと考えながら目を閉じていたところで、突然ドアの開く音がした。
はっとして目を開くと、足の方にあるドアがひとりでにすっと開いていく。
そしてそのまま、誰もいないのにまたひとりでに閉じていった。
窓も玄関も閉めている。風で開いてしまったはずはない。
なんで今勝手に動いたの、と信じられない気持ちでドアを見ていたWさんだったが、そこへ突然枕元で声がした。
見上げると誰かが座っている。
驚いて飛び起きようとしたが、なぜか体が動かない。
その誰かは枕元に正座したまま、ボソボソと何かを喋り続ける。暗くて顔はわからないが、どうやら着物姿のようだった。
時折手振りを交えて何かを盛んに語っているのはわかるのだが、声がこもってはっきりせず、何を言っているのかさっぱりわからない。
それを見ているうちに、はじめは怖くてならなかったWさんも、次第に落ち着いてきた。
なんだか落語家みたいな動きだな。
そんなことを考える余裕が出てくると、今度は怒りが湧いてきた。
こっちは旅行帰りで疲れてるのに、どうしてこんなボソボソ声を延々と聞かされなくちゃならないのよ。
どんどん腹が立つ一方で、もう我慢ができなくなったWさんは枕元に向けて力いっぱい怒鳴りつけた。
なんなのあんた! 落語やってるつもりならもっとちゃんと聞こえるように話しなさいよ!
大体こんな夜中に人の枕元でそんなボソボソ話して非常識だと思わないの! そんなんだからそんなしみったれた話し方しかできないのよ! ふざけんな! こっちは早く寝たいのよ!
すると急に視界が明るくなった。
あれ? と思うと枕元の人影は消えていて、ボソボソ声も聞こえない。体も動くようになっていた。
窓からはカーテン越しに光が差し込んでいて、時計を見ると朝六時を過ぎていた。

 


その日は仕事だったが、結局一睡もできなかったせいで一日ずっと眠かったという。