よしひろだけど

ある日の午過ぎ、Yさん夫妻の携帯電話が同時に鳴った。
同時にかかってくることなんて珍しいなと顔を見合わせてから携帯の画面を見ると、番号が表示されていない。いたずら電話か詐欺のたぐいだろうか、と身構えながら電話に出た。

 

「ああお父さん、俺。よしひろだけど」

 

大学生の長男だった。

 

「実はちょっと事故っちゃったから、帰るの遅くなる」

 

なんだって、と聞き返す前に通話が切れた。
事故とはどういうことだ。しかしいつもの息子に比べると、何だか妙にはしゃいでいるような口調だった。
やはりいたずらか詐欺だろうか。
妻に電話の内容を話すと、そちらも息子を名乗る人物から同じ内容の話があったという。
二つの電話に同時に同じ内容で話せるものだろうか。しかし事故とは。
とりあえず事実を確認しようと、息子の携帯にかけてみた。
すると知らない人が出た。
相手は警察官で、息子は原付で事故を起こして病院に運ばれたということだった。


病院に駆けつけると息子の意識はなく、それから三日ほどして息を引き取った。
あの電話は事故直後に意識のあるうちに掛けてきたのだろうかと思ったが、警察官の話では事故直後にはもうずっと意識はなかったはずだという。着信履歴を見ても、あの時の息子からの着信は記録されていなかった。
本当にあの着信は存在したのだろうか?
だがあの時Yさんが聞いた「よしひろだけど」という声は確かに記憶に残っているという。