予言

Kさんの祖父は釣りが好きで、家から自転車で二十分ほどの海岸によく出かけていた。
その日も釣りに出ていた祖父が帰ってきたので、当時小学生だったKさんが玄関で出迎えたのだが、どうも様子がおかしい。
いつもは釣った魚を入れたクーラーボックスを満足げに持って帰ってくる祖父がその日は手ぶらで、その上随分と浮かない顔をしている。
釣れなかったの? と尋ねると、祖父は曖昧な返事をしてからぽつりと呟いた。


Kなあ、おじいちゃん、もうすぐ死ぬんだと。


ぽかんとするKさんを尻目に、祖父は自室に布団を敷いて寝込んでしまった。
驚いた祖母や父が理由を尋ねると、祖父はぽつぽつと海であったことを語った。
海岸で釣りをしていると海の中から見たことのないものが出て来て祖父に話しかけてきた。
「気の毒だがお前はもうすぐ死ぬ。もう助からないから諦めて受け入れろ。早く帰って家族に別れを告げてこい」
そんな予言めいたことを言う。
驚いた祖父はすぐに帰ってきたのだという。
そんな話を真顔でするので父と祖母は呆れてしまった。
海の中からどんなものが出てきたのか祖父に聞いても、そこは言葉を濁して語ろうとしない。ただひたすら自分はもうおしまいなのだと言う。
翌日になっても祖父はずっと布団に横になったきりで、食事も取ろうとしない。どうやらそのまま最後の時を待つつもりのようだった。
たまりかねた祖母がお寺に行ってお坊さんを連れてきた。
祖父とは古くからの付き合いであるお坊さんは、祖父の寝ている部屋に一人で入っていって、二人きりで何やら話している様子だった。
一時間ほど経ってお坊さんは祖父と一緒に出てきて、もう心配することはないと言う。
祖父も元気を取り戻したようで、その日の夕食はご飯をおかわりするほどだった。
後で祖母がお坊さんに聞いたところによると、海では稀にそうした変なものが出て、惑わされる人がいる。だがそんなものに人の死を予言するような力はないから安心していい、ということだった。
祖父はそれから十年以上長生きしたが、この時を境に釣りはきっぱりやめてしまったという。