落指

ある人が庭木の剪定をしていた。
金木犀の枝を鋏で切っていると、枝と一緒になにか白っぽいものが足元にぽとりと落ちたのが見えたので、視線を下げた。
目を疑ったという。落ちているのは人の指だった。
まさか、と思って自分の手を見たが、指は揃っている。ではこれは誰の指だ?
枝の間を見上げてもそこに誰かがいるわけでもなく、周囲にも人の姿はない。誤って誰かの指を切り落としてしまったというはずはない。
ならばこれは指によく似た別のなにかだろうか、と腰を落として土の上のそれに目を凝らしてみたものの、やはり指だ。
恐る恐るつまみ上げて顔の前でまじまじと眺めてみても、作り物のようには見えない。少し甲にしわが寄って、産毛が生えているのがわかる。短く切られた爪の元あたりで皮が少し逆剥けになっていた。
持ってみた感触も、皮膚の下に硬い骨があるようだった。
すると背後で怒鳴り声が響いた。


「おいこらっ!」


びっくりして振り向いたが、誰もいない。
自分にかけられた声ではなかったのかと思って手元に視線を戻すと、持っていたはずあの指がない。
怒鳴り声で驚いた拍子に落としてしまったかと足元を見たが、それらしきものは見当たらない。
確かにあったはずのあの指が、わずか数秒の間に煙のように消えてしまっていた。
そのときになってから、指の断面を見ていなかったことに気がついた。あるいは断面などは元々なかったような気もした。はっきり見ていなかったものの、爪の反対側の端はつるりとした丸い形をしていたようにも思えた。
どうにも気味が悪くて、その日はもうそれ以上作業をする気がなくなってしまい、剪定の続きは翌週に持ち越すことにした。
翌週の作業中は特に変わったことはなかったが、金木犀はそれからひと月ほどで急に枯れてしまったという。