潰れるもの

Kさんは同棲して三年目になる彼氏と大喧嘩をして、興奮したまま衝動的に部屋を飛び出した。
日曜日の午前中、それなりに人通りのある街を行き先もはっきりしないまま歩く。
外の空気を吸って身体を動かせば少しは気が紛れるかと思ったが、早足で歩いても一向に胸のむかつきが収まらず、むしろイライラは募るばかりだった。
喧嘩の原因はごくつまらないことで、どちらかがすぐ引けばそれで済むようなことだったのだが、この時はそうならなかった。お互いに過ぎた出来事まで持ち出して相手を詰り、収拾がつかなくなってしまった。
とにかくKさんも自分から折れるのは癪なので、どうやって相手から謝らせるかを考えながら歩いていたが、そうしているうちにふと足元に違和感を覚えた。
何かを踏み潰したような感触があったのだが、路面や靴の裏を見てもそれらしきものが見当たらない。紙の箱かなにか、中空のものをパリッと踏んで潰したような感覚があったのに、潰れたものがない。
錯覚かなと思いながらまた少し歩くと、また同じ感触があった。やはり舗装された歩道の何もない路面を踏んだだけなのに、何かを踏み潰した感触がはっきりあった。靴底が剥がれてそんな感触になっているのかと思ったが、靴をよく見ても特におかしなところはない。
また歩き始めると、更に何かを踏み潰す感触があったが今度は構わず歩き続けた。するとまた同じ感触がある。
次第にその感触は短い間隔でやってくるようになった。二、三歩踏み出すだけで靴の下で何かが潰れる。
気持ち悪くて歩きづらいが、あまり何度も立ち止まって周りの人から変な目で見られるのも嫌だ。
なんで自分がこんな目に合わなきゃいけないの。
泣きそうになりながら歩いていると公園が見えたので、とりあえずそこのベンチで休むことにした。
そうして公園に一歩踏み入れた途端、なぜか足元がふっと明るくなったような気がして、同時に右の耳元で大きな溜息が聞こえた。


「はぁぁぁっ……」


はっとそちらを振り向いても誰もいない。
Kさんはすぐに自宅を目指して引き返したが、帰り道では何かを踏み潰す感触は全くなかったという。