猫つかい

Tさんが小学生のころ町内にあるおじいさんがいて、子どもたちの間で猫つかいとか猫じじいとか呼ばれていた。
というのもそのおじいさんには特技があった。猫を呼び寄せることができるのである。
温厚な、いつもにこやかなおじいさんだったという。
子どもたちが頼み込むと、おじいさんは笑いながらむにゃむにゃと何やら口の中で呪文のようなものを唱える。そして両手を合わせて祈るようにしていると、ものの数分で周囲のあちこちから猫が湧き出るように姿を現すのである。
おじいさんは小学生が下校するころの時刻に町内の公園にいることがあり、Tさんも下校中に何度か彼に頼んで猫を呼び寄せてもらったことがあった。おじいさんが呪文を唱え始めるまでは周囲に猫の姿などどこにもなかったのに、おじいさんが祈り始めると公園の側の塀の向こうだったり家の屋根だったり、到るところから猫が出てくる。このあたりにこんなに猫がいたのか、と驚くくらいの数が集まってくるのだ。
Tさんがおじいさんの真似をしても猫など一匹も来ないのに、おじいさんは一体どうやって猫を集めているのだろうか。
そう尋ねると、おじいさんは笑って言った。
ずっと昔に猫と仲良しになってな、猫を呼ぶ秘密の言葉を教えてもらったんだよ。
えっ、知りたい。教えて。そうTさんは頼んだが、おじいさんは首を横に振った。
秘密の言葉だからだめだ。他の人に教えたら猫が来てくれなくなる。
そうかあ、秘密かあ、とTさんは納得するしかなかった。


しかしある時期から猫つかいのおじいさんは姿を見せなくなった。
噂によると体を壊して病院だか施設だかに入ったということだった。
そうしてまたしばらく経ったころのこと。Tさんが友達と一緒に学校から帰る途中に公園の側を通りかかった。
すると横を歩いていた友達が驚いた様子で公園の方を指さした。
見ると、公園の中ほどの芝生に丸いものがたくさん並んでいる。
猫だ。三毛だの黒だの白だの、様々な猫が芝生の上に行儀よく座って集まっている。
三十匹以上はいただろうか。
すごい、行ってみよう、と友達と一緒にそこへ近寄っていったTさんたちだが、すぐにその場所について思い当たることがあった。
猫つかいがよく座っていたベンチだ。猫たちはそのベンチを取り囲むようにしてじっと座っていたのである。
猫つかいがいないのに集まってるなんて、変なこともあるんだな。その時はそう思ったTさんだったが、帰宅してからそれほど変なことでもなかったか、と思い直した。猫が集会をするという話はよく聞くからだ。


その翌日、Tさんは母親から町内で葬式があることを聞かされた。
亡くなったのはあの猫つかいのおじいさんで、入院していた病院で昨日息をひきとったという。それを聞いたTさんは公園の光景を思い出した。
猫つかいが亡くなったことと、猫が集まっていたことが偶然とは思えない。
猫たちは猫つかいが亡くなったことを知っていたのではないか。
その後もTさんはその公園の脇を通って通学し続けたが、公園の周りで猫の姿を見たことは以来一度もなかったという。