秘密の品

Nさんには小学生の頃に行きつけのおもちゃ屋さんがあった。
愛想のいいおばあさんと無愛想なおじいさんが二人でやっている小さな店で、Nさんの家から自転車で十五分くらいのところにあった。
薄暗い店内には所狭しと様々なおもちゃが陳列されており、かすれたラジオの音声がいつも流れていた。
放課後に友達と一緒に行って流行りのカードを買ったり、誕生日にはお父さんと行ってゲーム機を買ってもらったりと、小学生の頃のNさんの楽しい思い出の多くはこの店と共にあった。
ある時、Nさんは友達とこっぴどく喧嘩をしてしまった。
お互いに意地になって謝れなくなり、一週間以上はその友達と話さない日が続いた。
このままでは良くないと思いつつも、解決のしかたがわからない。
そんな中、例の店にNさんが行った時のことである。日曜日の午後で、いつもは大抵数人の客がいるような時間帯だったが、その時はたまたまNさん以外に客の姿はなかった。
カウンターではおじいさん一人がつまらなそうにラジオを聞いていたが、いつもは友達と来ていることが多いNさんが一人でいるのが珍しかったのか、声をかけてきた。
――今日はひとり?
Nさんはうん、とだけ答えてプラモデルの棚を見ていたが、その様子が元気なさそうに見えたのか、おじいさんはカウンターから出てきてまたNさんに話しかけてきた。
――なあ、ちょっといいもんがあるんだが、見せてやろうか?
おじいさんがそんなふうに向こうから進んで話しかけてくることは珍しかった。Nさんは興味を引かれて、すぐに首を縦に振った。
おじいさんはニヤリと笑って付け加えた。
――だけどな、これは秘密の品なんだよ。本当は他の誰かに見せちゃまずいものなんだ。でも今は他に誰もいないしな、いつも来てくれてるから特別に見せてやろうと思ってな。これから見るものを秘密にできるか?
Nさんはまた首を縦に振った。
するとおじいさんは一人で店の奥に姿を消し、数分して戻ってきた時には両手で捧げるようにして何かを持って現れた。
持っていたのは蓋のついたプラスチックの透明な容器だった。おじいさんはそれをそっと、足音も立てないように静かに歩いて持ってきて、カウンターの上にゆっくり置いた。
おじいさんは黙ったままそれを指差したので、Nさんは釣られるように容器を覗き込む。
中には五センチほどの身長の、男の子の人形が横たわっていた。これがかなり精巧なつくりで、髪の毛や顔の作りはまるで生身の人間のようにしか見えない。
それどころか、心なしかその肩がゆっくりと動いているようにも見える。寝ている? ……これは人形なのか?
目を凝らしてもっとよく見ようと身を乗り出すNさんの前で、おじいさんは容器をおもむろに指先でトントンと叩いて見せた。
すると容器の中では、男の子がガバッと勢い良く身を起こした。ハッとしたような顔で周囲を見回している。
生きている!? 小人!?
Nさんが驚いておじいさんを見上げると、おじいさんは満足そうに笑いながら容器を取り上げ、ここまでだと言って奥に持っていってしまった。
おじいさんは手ぶらで戻ってくるとNさんに言った。
――あれがみんなに知られるともうここで店を続けられなくなるからな、黙っててくれな。


それから二十年ほど経って、今ではその店も無くなってしまっている。
Nさんは二十年間このことを人に話さなかったが、あの小人がなんだったのか、あの後小人はどうなったのか、ずっと気になっていたという。