痴話喧嘩

Nさんが当時付き合っていた男性の家に行き、一緒に夕食を食べ、それから些細なことで口論になった。
売り言葉に買い言葉というやつで、お互いに引っ込みが付かなくなって三十分ほど言い合いを続けた。
Nさんも頭に血が昇ってしまっている自覚があり、これはよくないなという感覚もあったが、自分から折れるというのも癪に思えて止めどころがわからない。
もうなるようになれというような気持ちで思いつく限りの言葉を並べ立てた。
するとどこかでかすかに笑い声が聞こえたような気がした。
耐えきれずに吹き出してしまったというような、小さな声だ。
彼氏の方も聞こえたようで、二人が揃って言葉を切り、声の方に目をやった。
声が聞こえた窓際には、小さな人形のようなものがあった。
身長十五センチほどの青緑色のワンピースを着た女の子の人形が、窓際に腰掛けている。
あんなのあったっけ?
そう思った時、人形はすっと両手で自分の口元を押さえた。
「ふっふふふっ」
おかしくてたまらないというような声を漏らしている。
笑ってる……これ、人形じゃない? 小人?
一体何がおかしいのか、小人の女の子は口元を押さえて笑い続けている。
――何だこれ、と彼氏が窓際に向かって一歩踏み出した途端、小人はひらりと窓際から飛び下りた。そのまま束ねたカーテンの裾に隠れて見えなくなる。
彼氏が急いでカーテンを持ち上げたが、小人はどこにもいなくなっていた。
……今日、泊まっていくよな?
彼氏はこわばった顔でそう言ったが、あんな得体の知れないものがいる部屋で寝るのは嫌で、Nさんはすぐに帰った。
彼氏とはその日限りで別れたという。