灰皿

Oさんが一人暮らししていた学生時代の話。
夜、部屋で床に仰向けになって煙草を吸っていたOさんだったが、ふと気づくと灰皿がない。
部屋で喫煙する時は百円ショップで買った小さな陶製の灰皿を使っており、この時もつい今しがたまでそれはテーブルの上に置いてあったはずなのだが、なぜかそこにない。
あれ? 無意識にどこかに動かしたかな、と辺りを見回すと、机の向こう側のベッドの下に灰皿を見つけた。
なんでそんな所に、と拾い上げてテーブルの上に戻すと咥えていた煙草をそこへ押し付けた。それから今度は寝っ転がるのをやめて胡座をかいて新しい煙草に火を点けた。
数分してコーヒーが飲みたくなったOさんは台所でコーヒーを淹れて戻って来たが、そこでまた灰皿がテーブルの上にないことに気が付いた。
これはどうもおかしい。
今度は間違いなく、自分で灰皿を動かしてなどいない。
部屋には自分以外誰もいないはずだ。
しかし灰皿は消えている。……誰が動かした?
屈んでベッドの下を見たが今度はそこにはない。
どこだ、とまた部屋を見回してみたもののどこにも見当たらない。
玄関も窓も施錠されているし、Oさん以外の誰かが入ってきてこっそり灰皿だけ取っていくなどということは考えにくいのだが、他に無くなったものもなさそうだった。
一体どういうことなんだ、とわけがわからないまま床に腰を下ろしたOさんだったが、その直後である。
ガッシャン!!
ひどい音を立てて目の前のテーブルに灰皿が落ち、周囲に灰と吸い殻が飛び散った。
たまらず腰を浮かせたOさんは上を見上げたが、天井に変わったところはない。一体どこから落ちてきたのだろう。
そもそもテーブルの上にあった灰皿がどうしたら上から落ちてくるというのか。
この灰皿がたった今まで天井に張り付いていたというのか。
全く理解が及ばない。


すっかり薄気味悪くなったOさんはその灰皿を捨て、煙草も吸わなくなってしまったという。