カエデ

Kさんの母方のおじいさんが亡くなった時の話だという。
当時埼玉に住んでいたKさんはおじいさんの暮らしていた栃木の家に向かい、葬儀の日までそこで寝泊まりすることになった。
久しぶりに訪れたおじいさんの家の小さな庭には、古いカエデの木がまだ植わっていた。Kさんは子供の頃におじいさんとこの木の紅葉を眺めたことなどを思い出して目頭が熱くなってしまった。
その夜、仏間の隣の部屋に布団を敷いて寝ていると、ふと重いものを引きずるような音がしてKさんは眼を覚ました。
気のせいかとも思ったが、確かに外から何かを引きずるような鈍い音が断続的に聞こえてくる。
隣の家あたりで何かやってるのかな、と大して気にもせず、疲れていたこともあってKさんはすぐに再び寝入ってしまった。


翌朝、起きだしたKさんは眠気覚ましに何となく庭に出てみて、ふと違和感を覚えた。
何だか様子が昨日と違っている。何だ?何が変わった?
違っているのはカエデの木だった。
昨日と全く違う位置に生えている。昨日は庭に向かって右側にあったカエデが、今朝は正反対の左側にある。
一体どういうわけだ?
昨日カエデが立っていたところに近寄ってみたものの、そこには掘り返した跡や穴を埋めたような形跡は全く見られない。固い地面にコケが生えているだけだ。
誰かが夜の間にカエデを植え替えたにしても、こんなにきれいに跡を消せるものだろうか?しかも夜の間に?
Kさんがそのことを報告すると、母親は庭を眺めながらしみじみ呟いたという。
――あのカエデは昔からおじいさんのお気に入りだったからねえ。そういうこともあるのかもしれないねえ……。