笑い声

小学校の教員をしていたEさんが二十年ほど前に体験した話だという。
その日は仕事が多く溜まっていて、それを片付けているうちに夜九時を過ぎていた。
流石にもう帰ろうということで、一緒に残って仕事をしていた同僚の若い先生と後片付けをしていると、彼が職員室の窓際で怪訝な顔をした。
職員室の窓からは二階建ての教室棟が見えるのだが、その二階の教室のひとつに皓々と明かりが灯っている。
あれ?なんで?
Eさんたちは放課後あの教室には行ってない。
誰かが点けっぱなしにして帰ってしまったのか。
仕方なくEさんが教室棟へ明かりを消しに行くと、予想外に二階から誰かの声がする。
しかも大勢の子供がしきりに笑って、大盛り上がりしている様子だ。
こんな時間に、誰だ!?
その日そんなに遅くまで残っていたのはEさんと若い先生の二人だけで、他の先生はもう既に帰ってしまったはずだ。
ならば児童たちが無断で残ってはしゃいでいるのか?
二階の廊下へ上がると確かに一つの教室から明かりと賑やかな声が漏れている。
声の様子では二、三人どころではない。クラス全員分くらいの賑やかさだ。
一体どういうことだ、と教室のドアに嵌ったガラスから覗きこんでみると、明かりに照らされた教室の中には誰の姿も見えない。
だが相変わらず賑やかに騒ぐ声は廊下へ響いている。
ガラスは顔の大きさくらいしかないから死角もあるが、しかしこれほどの声で騒いでいる人数が全員見えないほどではないはずだ。
首をひねりながらすぐにEさんがガラッとそのドアを開けた瞬間。
目の前がふっと暗くなり、笑い声も急に静まってしまった。
どうした!?
慌てて教室の蛍光灯を点けたEさんだったが、白い明かりに照らされた教室の中にはEさん以外誰もいない。
とりあえず同僚たちにはこの話は秘密にしていたが、あれほどの大騒ぎをしていた人間が一瞬で足音もさせずに姿を消したのがずっと不思議でならなかったという。