しゃがんだ女の子

Hさんが病院で医療事務の実習をしていたときの話。
覚えることが多く、忙しい日々を送っていたHさんだったが、ひとつだけ気になることがあった。
三階のナースステーションに入るときには必ずと言っていいほど同じ子どもの姿を見るのである。
小学生低学年くらいの女の子のようだったが、いつもこちらに背を向けてじっとしゃがんでいる。
場所もいつも同じで、ナースステーションの近くにあるエレベーターの近くだった。
初めて見た時は泣いているのかとも思ったのだが、側を通る看護師や患者たちは誰一人その子に注意を払っていない。
どうやら他の人には見えていないようで、看護師に聞いてみてもそんな子は見たことがないという。
その場所を通るたび同じ位置にじっと座る女の子を見たHさんは、どうしても気になった挙句にその女の子に近づいてみることにした。
それまでは少し離れたところを通りすぎるくらいで、すぐ近くまで寄ってみようとはしなかったのである。
例のナースステーションにカルテを持っていくとやはり同じ場所に女の子がしゃがんでいる。
カルテを看護師に渡してからHさんは女の子の丸めた背中を目指してまっすぐ歩いていった。
あと三歩くらいで女の子のすぐ傍までたどり着く、というそのとき。
女の子はしゃがんだ姿勢のまま廊下を滑るように遠ざかっていき、突き当りの壁の前で見えなくなった。
あっという間の出来事で、それを最後にその子を見ることは無くなってしまった。


まっすぐ近寄っていったのが怖かったんだろうか、とHさんは少し後悔したという。