角材

大学生のTさんが夕方、アルバイトからの帰り道を歩いていた。
元々人通りが少ない住宅街だったが、そのときは特に人影が無いように感じられたという。
しかしアルバイトで疲れていたこともあり、特に不審感を覚えることもなく一人で歩いていると、目の前の空間を何か長いものが横切った。
それは一本の角材だった。
どこから現れたのか、真新しい色をした木材が横になって音もなく移動してゆくのである。
路面から一メートルくらいは浮いていたが、上から釣り上げている様子もない。
木目もはっきり見えてどう見ても木材にしか見えなかったが、なぜそれが浮いて動いているのか全く見当が付かない。
唖然として見つめるTさんの目の前を角材は静かに通り過ぎ、道路を横切った先にあるアパートの方へと進んでゆく。
そのまま角材はアパートの一階に並ぶドアのひとつにぶつかった。Tさんの位置からは音までは聞こえなかったが、音がするくらいの勢いで当たったように見えた。
すると角材は一転してすごいスピードで跳ね上がるように上昇し、アパートの屋根を越えて飛んでいってそのまま見えなくなった。
角材がぶつかったドアからは数秒後に住人らしき女性がひとり出てきて怪訝そうに辺りを見回していたが、Tさんも今見たものを説明する気にはとてもなれなかったので、そのまま早足でその場を立ち去ったという。