壁際

中学校の宿泊学習でのこと。
二泊三日の一夜目、Hさんはふと深夜に目を覚まし、トイレに行こうと部屋を出た。
トイレは廊下を曲がった先にある。
廊下は明かりを点けっ放しにしてあったので夜中でも特に怖く思うこともなく、Hさんは用を足してトイレを出てきた。
するとトイレを出てすぐの廊下に、ジャージ姿の生徒がひとり立っている。
壁際に壁を向いて立っているのですぐには顔がわからなかったが、横から覗き込むとそれは同じ班のYさんだった。
「Yちゃんもトイレ?」
声をかけたが、Yさんは無言で壁に向いたまま全く反応しない。
寝ぼけてるのかな、と思って肩に手をかけて揺すってみたが、やはり壁を見つめたまま何も言わない。
これは何かおかしい、先生を呼んできたほうがいいだろうか、とも思ったが、あるいはそう大事にするほどのことでもないかもしれない。
判断に迷ったHさんは、友達に相談してみようとYさんをそこに残して部屋に戻った。
自分の布団の隣に寝ていた友達を起こして今見たものを話していると、同じ部屋に寝ていた他の子たちも目を覚ましはじめた。
するとその中にYさんの顔がある。
なぜだろう。
たった今部屋に戻ってきたのは間違いなく自分一人だ。トイレから戻ってくる通路は廊下だけだから、先回りもできない。
「Yちゃん、今トイレの方にいなかった?」
そう尋ねたが、ずっと寝ていたという。
念のため今度は友達をひとり連れてトイレまでもう一度行ってみたが、廊下にもトイレの中にも誰もいない。
ただ、Yさんが部屋の上がり口に脱いでおいたはずの上履きが、トイレ前の壁際に揃えて置いてあったのだという。