サボテン

Yさんの大学の同期の友人にNという男性がいた。
端正な顔立ちと育ちの良さからとても女性に好かれる人物で、浮いた話も多く、常に恋愛関係で何らかのトラブルを抱え込んでいたという。
同性の友人としても気さくで話のわかる男だったので、Yさんも彼とはそれなりに親しくしていた。
ある日の午後、大学の図書館で調べ物をしてから学食で軽く食事をしようと思ったYさんは、学食の片隅にNさんの姿を見つけた。
大抵誰かと一緒にいるNさんにしては珍しく、その時は一人でぽつんと椅子に座って俯いている。
Yさんが近寄って背後から声をかけたところ、聞こえなかったのか、Nさんは特に反応を示さない。
よほど熱中しているのか、俯いたまま手元を動かして何か作業をしている様子だった。
一体何をしてるんだろうか。
気になったYさんは、Nさんの側面に回りこんでその手元を覗きこんだ。
するとNさんの手元に何か真っ赤な塊がある。
その塊からは棘のようなものが無数に突き出ていて、まるで真っ赤なサボテンのように見えた。
Nさんの手元には爪楊枝の束が置いてあって、彼は無言でそれを一本ずつその赤い塊に突き立てている。
サボテンの刺のように見えたものはすべて爪楊枝のようだった。
何やってんだこれ、とYさんはよくよくそれを観察して、一拍置いてそれが何なのかに気が付いた。
その塊はNさんの左の袖口から伸びている。
それはサボテンどころか、Nさん自身の左手だった。
Nさんは脇目もふらず、爪楊枝をひたすら自身の左手に突き刺し続けている。
その傷から滲んだ血で左手も机も真っ赤に染まっていた。
「何やってんだよおい!」
YさんがNさんの肩を掴んで揺さぶったものの、Nさんは一向にその作業をやめようとしない。
明らかに正気ではなかった。
そこで右手の爪楊枝をYさんが奪おうとしたところ、Nさんが大口を開けて叫んだ。
「やめて!彼に触らないで!」
学食中に響き渡ったその声は、どう聞いてもNさんの声ではなく甲高い女性の声だったという。
その叫び声に一瞬怯んだYさんだったが、次の瞬間には咄嗟にNさんの横面を張り倒していた。
受け身も取らず派手に椅子から転げ落ちたNさんは、床に寝そべったままぽかんとした表情でYさんを見上げた。
「え、ここどこ?あ、学食?」
やっとNさんが正気に戻った様子なので、Yさんが付き添ってすぐに保健室に向かった。
刺さっていた爪楊枝は数は多かったものの、幸いにしてどれも刺さり具合は浅く、出血の割に大した怪我にはなっていなかった。
手当が終わってからYさんが学食での経緯をNさんに聞かせると、彼が女性の声で叫んだというくだりになって、Nさんはきまりの悪そうな顔をした。
原因に心当たりがあったらしい。
「何だか知らないけど、もうちょっと女の子との付き合い方を考えたほうがいいんじゃないの」
Yさんがそう忠告すると、Nさんも苦笑して頷いた。
しかしその後もNさんの女癖は治らなかったという。